慢性膵炎体験談
ひろしさん (2006年11月)
2001年の大晦日(ほとんど2002年の元旦)に猛烈な痛みで意識を失い、救急車で運び込まれたのが始まりでした。この時は重症急性膵炎という診断でICU内で一週間程意識ありませんでした。(九州の田舎から母親達が呼ばれ、生存の可能性は2、30%だと伝えられていたらしいです。)大腿部の動脈から直接膵臓までカテーテルを入れて、膵酵素阻害剤(FOYやフサン)を流し込んで、多臓器不全でしたので腹水を抜くためにドレンを入れていました。数ヶ月の入院の後退院し、ここまで5年間ほど膵炎と共生しています。
最初に入院した病院へは2ヶ月に一度薬をもらいに行きます。フォイパン・オメプラール・ベリチーム・フェルターゼの2ヶ月分で2万円程度。
ここはとてつもなくでかい病院なんで、痛むときに外来に行けません(待ってる間に死亡してしまう・・)大体年に2~3回は発作がきますんで(慢性膵炎急性増悪)、小さ目の病院に1~2週間入院・退院を繰り返しています。ここでもレセプロン(フォイパンのジェネリック)をもらい続けています。
「入院するほどではないがかなり痛む」というような時用に、近所の個人医院でミラクリッドを点滴してもらいます。(大体月に3~4回あります。)更にここでもパンルーク(やはりフォイパンのジェネリック)をもらっている生活です(規定量のフォイパンでは生きれません・・・)
悲しい膵炎生活ですがバレーボールも続けていますし、大好きな酒も決してやめません。(無理なときは無理ですが。)今後ともよろしくお願いします!!
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